東日本大震災隠れた作戦【心遣い編】

あの痛ましい東日本大震災から今日で、10年と言う節目の年を迎えました。

※被災された方で記憶が蘇る方もおられるかと思います。もしおられましたらページを戻って頂けたら幸いです。

その当時、自衛隊の活躍の中で埋もれてしまった感動する話をお伝えしたいと思います。
皆さん、当時のテレビ📺から流れてくる被災地の状況や自衛隊·警察·消防の活躍を目にして過ごしておられたと思います。また、使命感を持ってボランティア活動に参加された方もおられるかと思います。

さらには、米軍とのトモダチ作戦や、各国の援助隊や義援金の支援もありました。

そんな中、日々刻々と情報が更新されてゆく中で埋もれてしまった感動する話をひとつご紹介したいと思います。
自衛隊は上記、画像のように入浴支援を行いました。

(四年間自衛隊居ました野外入浴セットに入った事はありません。よく廠舎のお風呂浸かってました。

演習では部隊ごとに時間統制のもと入るので、最後の方だと湯船あぐらかいてもお湯膝までとか、冬の演習なのにシャワーのお湯が出ない。)というハプニングを経て自衛官は強くなるのだと思います。
話はそれましたが、上記画像を見たことはあるのではないでしょうか❔

実はこれ今日の感動する話に繋がります。近畿の衛生教育を受ける際(連隊所属衛生の場合)は、第3後方支援連隊に後期特技教育を受けに行きます。約3ヶ月間です。

後期衛生教育隊については、現在連載している『陸上自衛隊前期教育隊ってどんなとこ❔』シリーズが終われば連載していく予定ですのでご期待下さい。(笑)😀
さて、本題に入りましょう。

のれんを2つ記載させて頂きました。実はこれ全国の温泉地からお湯を頂いて自衛隊がお風呂を沸かしています。

当時の第3後方支援連隊長の『せめてお風呂だけはゆっくりまともなお風呂に入って貰って疲れを落としてほしい。』との事で連日温泉地に電話連絡し、温泉地の協力を得て自衛隊のトラックを手配し輸送したとの事です。


このお話を、衛生教育の座学で聞き東日本大震災の翌年入隊だけに感動しました❕

また、一年後と言う事もあり協力して頂いた温泉地からは、『もう一度入りたい。と言う方も増えた事からリピート効果もあり売上が20%伸びた温泉地もあった様です。


このお話を聞いて、当時の私は、『一つの機転で予想を上回る効果がある。』と言う事は、良かれと思った事は何でもやってみようと考えるようになりました。

自衛隊や公務員の方は世間では、予算を食い潰す部所やお金を産まない等色々批判を受ける事はあるかと思いますが、長期的に見ればお金も機転を利かせば産める事例になるかとも思います。

ちなみに私は、民間で現在働いてますが、この精神でやってると課長に怒られました。(笑)

手続きや、手配までやっているのならちょっとはお金をいただきなさいと…

ボランティアではないとお叱りを受けました確かにその通りです😂

いかがだったでしょうか❔今回はグダグダと駄文のせいで感動する話も台無しの様な気がします。(苦笑)

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1942年3月11日、第二次世界大戦フィリピンの戦いにおいて、マッカーサー将軍がコレヒドール島から退却した日になります。

『アイシャルリターン』はマッカーサー元帥が残した名言になります。

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